![]() ☆ミコノス島 Mykonos ギリシャ神話におけるゼウスとギガスの戦いの場として知られるエーゲ海に浮かぶギリシャ随一のリゾート地。 ![]() ![]() ![]() ![]() いかにもギリシャ的な白い家々は、強い太陽光線を遮断するためのもの。 ![]() 名物の風車 ![]() 波打ち際ギリギリに建つお洒落なバー ![]() ![]() 夕日を浴びながら夕食 ![]() ![]() ![]() ☆クサダシ/エフェソス Kuşadası/Ephesos 今はトルコ領で、聖母マリアが晩年を過ごしたとされる聖母マリアの家がある。 ![]() 小アジアの古代イオニア地方の都市エフェソスの遺跡。エフェソスは紀元前11世紀頃に建設され,紀元前6世紀には商業,宗教の中心として栄えた。世界七不思議の一つであるアルテミス神殿があった場所だが、今はほとんど何も残っていない。 ![]() ![]() ![]() アントニウスとクレオパトラが歩いた道 ![]() アレキサンドリアの図書館と並ぶ世界3大図書館の一つセルシウス図書館 ![]() 当時最大規模の5万人収容の円形劇場 ![]() 遺跡は猫ちゃんの楽園 ![]() 特産のイチジク ![]() 港に建つトルコ建国の父ケマル・アタチュルクの像 ![]() ☆パトモス島 Patmos エーゲ海に浮かぶギリシャの島で、使徒ヨハネが、イエス・キリストから啓示を受けてヨハネ黙示録を書いたとされる場所。 ![]() 黙示録の洞窟。内部には、神の啓示を受けたときにできた岩の裂け目とか、ヨハネが枕にして寝た岩などが残されている。 ![]() ![]() 11世紀に建てられた神学者聖ヨハネ修道院 ![]() ギリシャ名物、フラッペと呼ばれるミルク・コーヒー。味は給食でなつかしのコーヒー牛乳そのもの ![]() ![]() ☆クレタ島ヘラクリオン Crete ヨーロッパ最古の文明の一つミノア文明が栄えた島。ミノタウロスと迷宮伝説で有名なクノッソス宮殿。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() こちらの遺跡はワンコのお昼寝処 ![]() ![]() ☆サントリーニ島 Santorini CMでおなじみのエーゲ海屈指の観光地。海底火山の噴火でマグマが噴出し、それが陥没して三日月型の島になったといわれる。霧の中にぽっかりと姿を現した島影 ![]() 雪のように見えるのは、断崖に張り付くようにして建つ白い家並。 ![]() ![]() イオアの町 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() カジュアル・クルーズ船のオーシャン・カウンテス号で、3泊4日のお手軽エーゲ海クルーズ。日本人観光客も多く、日本人コーディネーターが乗船。 ![]() ![]() サンマ ![]() レピュブリック広場近くのル・マルサンジ。若者に人気の飲み屋街であるオーベルカンフ通り付近にあるが、木目と大きな黒板が落ち着いた雰囲気の中高年向きのお店。 前菜のエスカルゴとベーコンのフリカッセ。 ![]() 子牛のレバーの木苺ソース添え。 ![]() デザートは塩キャラメルのアイスクリーム。 ![]() インテリアは素朴だけど、料理と盛り付けにはオリジナルなセンスが光る。ワイン・リストも豊富。気さくな感じのシェフと親切な給仕係りのお兄さんの2人で切り盛りしていて、良い雰囲気。こんな風にさりげないのに美味しいお店が、パリには本当にいっぱいあるのよねぇ。 食後のコーヒーは、オーベルカンフ通りで見つけた手作り感覚のインテリアが可愛い 文学カフェで。 ![]() 学生街の喫茶店風。 ![]() Le Marsangy : : 73, avenue Parmentier 75011 Paris 最寄の地下鉄 : Parmentier ![]() 城壁の全長は5400メートル。その当時のパリは、西はルーブル美術館、東はマレー地区のサン・ポール、北はポンピドゥー・センター、南はパンテオンあたりまでで、パリ発祥の地であるシテ島から東西南北どちらに向かって歩いても10分ほどで城壁に突き当たってしまうほどの広さだったそうな。ルーブル美術館も、もとはフィリップ・オーギュストが作った城塞で、城壁沿いに建っていた。 出発点は、ポン・ヌッフ。左岸の城壁は、造幣局の建物があるあたりから始まっていたらしい。造幣局は、貨幣博物館になっていて、中の売店ではキティちゃん金貨が買える。「12世紀にわたり強い貨幣を作ってきた」という造幣局の垂れ幕。 ![]() 造幣局脇のゲネゴー通りから、マゼリーヌ通りへ。セーヌ川からフランス学士院の裏を通ってカルチエ・ラタンのオデオンまで続く道で、もともとは城壁の外側に作られた掘割だった場所。 ![]() 途中に、ロベスピエールやダントン、オスカー・ワイルドが通ったカフェの「プロコープ」がある。 ![]() その正面は、もとコメディー・フランセーズだった場所。 ![]() マゼリーヌ通りは、オデオンでサンジェルマン大通を渡って、ムッシュ・ル・プランス通りとなる。通りの脇には階段が何箇所かあり、この通りが掘割の土手だったことを示しているそうな。 ![]() ムッシュ・ル・プランス通りは、やがてリュクサンブール公園の脇で、サン・ミッシェル大通りと交差する。その先で交わるサン・ジャック通りは、ソルボンヌの建物がある通りで、かつてはカルチエ・ラタンのメイン・ストリートだったらしい。 ![]() その先の道は、名前もそのままサン・ジャックの掘割通り。その途中にあるエストラパード広場は、緑の木陰と噴水が静かで穏やかな憩いの場所であるが、かつては、罪を犯した兵士を吊り落としの刑に処した場所だったそうな。 ![]() この道にはソルボンヌの文明講座が開かれる建物があるので、日本人留学生にはなじみの場所。横道からは、パンテオンが見える。 ![]() パンテオンの裏にあるのは、パリでも有数のエリート高校リセ・アンリ・キャートル。 ![]() そのまま道なりに歩いていくと、市場通りで有名なムフタール通りにたどり着く。パンテオンとムフタール通りがこんなに近いなんて、今まで気付かなかった。 ![]() ここでちょっとお休み。 ![]() ムフタール通りに続くコントレスカルプ広場は、ヘミングウェイが通ったことで有名。 ![]() ヘミングウェイは、広場近くのカルディナル・レモワーヌ通りにあるこの建物の4階に住んでいた。 ![]() カルディナル・レモワーヌ通りが、かつてサン・ヴィクトワール掘割通りと呼ばれていたことを示す看板。 ![]() このあたりには、今も12世紀のフィリップ・オーギュストの城壁が残っているところが多く、写真は、カルディナル・レモワーヌ通りから右に入ったクローヴィス通りにある城壁。 ![]() ![]() そのままカルディナル・レモワーヌ通りをセーヌに向かって下っていくと、トゥルネル河岸に出る。その角にあるのがレストラン「トゥール・ダルジャン」。 ![]() トゥルネル河岸のブキニスト。 ![]() 対岸はサン・ルイ島。もっとも中世には、まだサン・ルイ島はなかったそうな。 ![]() 左岸の城壁跡めぐりは、ここでおしまい。でも、ここまで来たら、そばにあるアラブ世界研究所の屋上に登って、ノートルダムのきれいな後姿を見物しましょう。 ![]() ちなみに、サン・ルイ島を経て右岸にわたり、サンス館の裏の通りにある今はシャルルマーニュ高校の運動場にも、フィリップ・オーギュストの城壁が残っている。右側の少し丸みを帯びた部分は塔。 ![]() ![]() 日本でも終戦記念日前後にはよく戦争映画をテレビで放映するけれど、フランスのテレビも同じらしく、ルネ・クレマン監督の「パリは燃えているか」を見る。ノルマンディー上陸後、連合軍がパリへ迫る中、パリ市内でレジスタンスが蜂起してルクレール将軍が入城するまでを、当時のニュース映像を交えてドキュメンタリー・タッチで描いた名作。コンコルド広場やリュクサンブール公園でも激しい市街戦が行われたらしい。ヒトラーは、パリの主要な建物に爆弾をしかけて爆破することを命じたけれど、パリのドイツ軍司令官は、パリを破壊することを望まず、最後まで爆破命令を下そうとせず、映画の中では、かなり好意的に描かれていたのが印象的。 パリ市内のあちこちの街角には、戦争中にドイツ軍に殺された兵士やレジスタンスの闘士の名前を刻んだ記念碑があって、まめに花が添えられている。
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